



4年前に妻あゆみちゃんが「家づくりワン・ツー・スリー」というあつこ社長が講師のご近所の仲良しグループや子育てサークル仲間など気心の知れた仲間と一緒に【私の理想の住まい】を勉強し追求する会に出たのがあつこDSとの出会いのきっかけ。しかし、家を建てようなどという計画や希望があって参加していたわけではなく、住まい環境を少しでも良くしたいという思いからであった。「家づくりワン・ツー・スリー」の講座は、木の伐採現場を見に行ったり、毎月1回500円でインテリアや家のメンテナンス、構造、現場見学など多岐にわたる住まいの勉強会でした。そこで「私の理想の家づくりノート」というものを作りました。
それは、
P1.私の現在の家族紹介
P2.5年後の私から、今の私に宛てた手紙
P3.5年後の家族紹介
P4.5年後にはどんな暮らしをしているの?
私の住みたい場所、風景、私の住みたい家
⇒イメージ写真を貼る
P5.私の理想の家の平面プランづくりをするために
風水の勉強をしよう。
P6.私の家の平面プランを作ってみよう。着色もしよう。
P7.家族それぞれの理想の部屋のイメージ写真を貼る
P8.家族それぞれの理想の部屋をパースで書いてみよう。
P9.私の理想の家の骨組み(構造)は何にするか勉強しよう
⇒イメージ写真を貼る
P10.私の理想の家の素材(設備機器・仕上材)は何にするかを勉強しよう。
P11.私の理想の家のプレゼンテーションボードをつくってみよう。
P12.私の理想の家で繰り広げられるドラマを書こう。
というものでした。
これを作って私は、家族の理想とする形が今は逆の方向へ行っていることを実感しました。私たち夫婦は共に音楽を介して知り合い、一緒に音楽活動もしています。
しかし、近年は大手企業に勤める夫の精神的不安定が続き、家は乱れ、家族も夫にとても神経を使う毎日でした。
今から3年ほど前に夫の父親がガンで他界しました。母が実家で一人になってしまうので、夫の兄弟から3年以内には同居するようにと言われました。
しかし、私はどうしても同居が嫌でした。私の理想とする住まいを追求すればするほど、その住まいは夫の実家では実現しないように思えました。

夫の実家は夫が子供の頃から住んでいるままの家でした。子供達の昔のものがたくさんあり、私たち新しい家族が入り込む余地がないように思えました。どこもかしこもモノだらけ・・・ここでお姑さんと一緒に子供を育てながら暮らすなんて想像したくないことでした。
けれど、なんの心境の変化だったのでしょう。その年に入って突然、憑き物が落ちたように同居への覚悟が決まりました。そして、早速あつこDSへその報告をしました。
しかし、実家の亡くなった父が元大工だったこともあり、工事は親戚に頼まなくてはならず、あつこDSへ依頼できるのはリフォームプランだろうということで、私も半分ガッカリした思いでした。しかし、実際に親戚へリフォーム依頼の電話をすると、意外にも今はとても忙しくてやれない、やるなら来年だと言われ、あつこDSへすべてをお任せできる流れへと自然に向いていきました。
リフォームプランを打ち合わせで練りながら、現在の借家からリフォーム後の新しい我が家へ家族が自然と移行できるように、現在の住まいである借家の状態が大切である、とあつこさんからアドバイスを受け、まず借家を風水調整しました。
すると、驚くようなことが次々と起こりました。
なぜか夫の気持ちがとても安定してきました。そして、結婚して10年、夫から一度も言われたことのなかった「あゆみちゃん、いつもありがとう」という感謝の言葉や、おこずかいをくれたり、何が夫をこうも変えたのか不思議なことがいっぱい起こりました。
あつこさんに言わせると、風水が整ったことで「気分が良くなった」からだそうです。
他にも、借家を暗くしていた大木がある日突然、伐採されたり・・・(何度も近所の人たちみんなで頼んでも無理だったのに)私たちの生活環境が少しずつ良い流れになっていきました。
実際のリフォーム計画において、私たち夫婦が一番大切にしたかったことは「大工だった夫の父親が建てた家を活かしつつ、私たち家族が暮らしやすい家にする」ことでした。プラス、ピアノを教えている私のためにピアノ教室ができるあゆみ部屋を作ってもらうことです。
長年にわたり積もりに積もったモノを減らすということが三枝家に嫁に来た私の役割だと腹を決め、いらないもの、もう使わないものをドンドン捨てる作業を行いました。
家の人たちには、思い入れがあるから中々捨てられません。そうして何十年もホコリをかぶって納戸に押込まれていた、たくさんのモノたちを整理し、お役目ご苦労様でしたと捨てていくと、家中の隅々まで新しい風が行き渡るのを感じました。
父の作った家は、柱もしっかりしていて、建具に意匠をこらしてあつらえたいい家だと、工事を担当する大工さんからも褒めていただき、柱や建具はそのままに塗装を施し、新しい命を吹き込みます。
壁はだいぶくたびれて、汚れも目立っていたので塗り壁材「ダイアトーマス」を塗りました。そして、暗くてモノが多かった茶の間とキッチンを明るく使いやすく、窓を増やしたり、壁を作ったりしました。そして、三枝家仕様の収納を作ってもらいました。2階は、私たちの生活スペースですので、自分たちの手でダイアトーマスを塗り、建具を塗装しました。
(壁剥がし)
(壁塗り)
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そして、父の工場だった物置を改装して念願の「あゆみ部屋」を作りました。
床は無垢のスギ板貼りです。あつこさんの現場見学をしたときにあこがれた部屋が同じスギ板貼りでした。壁はダイアトーマスで薄いピンク色に塗ってもらいました。たくさん入る大きな収納も作ってもらい、大満足です。このあゆみ部屋を作りにあたり、お父さんの残した材木や板が多数残っていました。それを使ってもらってのあゆみ部屋です。

工場にはその他にも、大きくて厚いケヤキの一枚板がありました。大工さんは「これはすばらしい板だ」といって、これで仏壇を置く台を作ってくれました。
母は若い人たちが住むのだから・・・と口は出さず、でも工事の間お茶を出したり、片付けを手伝ってくれましたが、病気を患っていて体調が悪く、本当は工事中は親戚の家にでも一時身を寄せていてほしかったのですが、どうしても嫌だといって父との思い出の我が家の生まれ変わりをずっと見守ってくれていました。
工事が終わる頃、病院に検査に行ったら経過がとても良いとのことで喜んで帰って来ました。大工さんが作ってくれた丸いちゃぶ台の上で新聞の折込をパラリパラリとめくって「あゆみさん、今日はこれが安いねぇ」のんびりした時間が過ぎていきました。
母はその数ヶ月後、新しい自宅でみんなに看取られながら息を引き取りました。
お父さんの思い、お母さんの思いを組んで出来上がった新しい我が家で、今私たち家族は、たしかにこの家に根っこを張って生きていく覚悟ができたような気がします。
借家のときには、地域の活動に参加してもなんとなく、居心地の悪いよそ者のような気分でしたが、この土地の子供であり、家族なんだという思いが子供達を落ち着かせ、夫もとても安定しています。
夫は、会社という枠では理不尽な思いばかりが先行し、物事が裏目に出ることが多かったのですが、あつこDSでのリフォームをきっかけに、いろいろな人との出会いやご縁から会社を辞めることを決意しました。そして、自分の本当にやりたいことを見つけて今はその準備に生き生きと動いています。
これから、新しい息吹が吹き込まれたこの家で、家族の新たなステージが始まります。
家族の成長を父と母が建てたこの家が今後も私たちを見守ってくれる安心感でいっぱいです。
そして、あゆみ部屋は私のピアノ教室であり、夫の新しく始めることの舞台にもなるでしょう。さらには、たくさんの人たちがここでつながれるようなイベントを開催したいという希望もあります。お料理教室もやりたいし、夢は広がるばかりです。
リフォーム後も、ことあるごとにあつこDSの事務所にお邪魔しては、自分たちのこれからのことまでフォローしてもらったり、アドバイスをもらったりしています。
風水をからめて、たくさんの環境を整えるすべや、気持ちよく暮らすということも教えていただきました。
これからも、よろしくお願いします。
また一緒に飲みましょう。